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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)2353号 判決 1972年9月20日

原告 株式会社品川商店

右代表者代表取締役 品川英二郎

右訴訟代理人弁護士 原則雄

被告 福寿信用組合

右代表者代表理事 向平健一

右訴訟代理人弁護士 松原倉淑

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

「被告は、原告に対し、金四、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年五月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告

主文と同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告

(請求の原因)

1 訴外株式会社岡本金商店(以下岡本金商店という)は、訴外明晃設備工業株式会社(以下明晃設備という)に対し昭和四二年一〇月三一日現在取引上の債権金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を有していたところ、昭和四二年一〇月三一日、明晃設備は、岡本金商店に対し、右債権の内金四、〇〇〇、〇〇〇円の支払いのために、明晃設備が被告に対し有していた別紙第一目録記載の(一)ないし(六)の預金債権および(七)の預金債権の内金一、一四七、六九四円、以上合計金四、〇〇〇、〇〇〇円(以下第一の(一)ないし(七)の預金という)並びにこれに付帯の利息債権を譲渡し、被告に対し、同年一一月六日被告に到達の書面をもって、右債権譲渡の通知をした。

2 ついで、同年一二月二二日、岡本金商店は、原告に対し、右譲受預金債権およびこれに附帯の利息債権を譲渡し、被告に対し、同年同月二九日被告に到達の書面をもって、右債権譲渡の通知をなした。

3 よって、原告は、被告に対し、原告が譲受けた第一の(一)ないし(六)の預金債権の元金、および(七)の預金債権の元金の内金一、一四七、六九四円、以上合計元金四、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本訴状が被告に送達された日の翌日の昭和四三年五月一二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告の抗弁に対する認否)

1 抗弁1のうち被告主張のとおり被告と明晃設備が預金債権譲渡禁止の特約をしていたことは知らない。

2 抗弁2のうち、被告主張のとおり明晃設備が被告に対し預金債権の譲渡を取消す旨の通知をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3 抗弁3のうち、(一)の(2)および(4)の事実があること、被告が明晃設備に第三の(一)および(二)の各割引手形の割引をなし、この不渡りによってその買戻債権を取得し、昭和四二年一一月六日現在その期限が到来していたこと、(三)の事実があること、(四)の二のとおり被告が明晃設備に割引手形を返還したことは、いずれも認めるが、(一)、(二)、(四)のその余の事実、および(五)の事実はいずれも否認する。

(再抗弁)

1 仮に、被告主張のとおり被告と明晃設備が預金債権譲渡禁止の特約をしていたとしても、岡本金商店および原告は、いずれも右特約を知らず、善意であったから、被告は右特約をもって原告に対抗できない。

2 明晃設備は、被告に対し、昭和四三年八月一四日頃被告に到達の内容証明郵便をもって、さきになした本件預金債権の譲渡取消の意思表示を撤回する旨通知したので、これにより右取消は効力を失った。

二、被告

(請求の原因に対する認否)

1 請求の原因1のうち、明晃設備が被告に対し(一)ないし(七)の預金債権を有していたこと、原告主張のとおり明晃設備から被告に債権譲渡の通知があったことは認めるが、その余の事実は知らない。

2 請求の原因2のうち、原告主張のとおり岡本金商店から被告に債権譲渡の通知があったことは認めるが、その余の事実は知らない。

(抗弁)

1 仮に、原告主張のとおり、明晃設備が岡本金商店へ、岡本金商店が被告に、順次第一の(一)ないし(七)の預金債権の譲渡をなしたとしても、右各預金については、右各預金契約日に、明晃設備と被告は、被告の承諾がなければ明晃設備が第三者に各預金債権を譲渡できない旨を特約したので、右譲渡は無効である。

2 仮に、右主張が認められないとしても、明晃設備の岡本金商店への右預金債権の譲渡は、岡本金商店が自己の債権の保全をはかるために明晃設備を作為的に欺罔してなさしめたものであるから、明晃設備は、被告に対し、昭和四二年一二月六日到達の書面をもって、右詐欺を理由に右譲渡を取消す旨の通知をしたので、これにより右譲渡はその効力を失った。

3 仮に、以上の主張が認められないとしても、次の理由により、右預金債権は消滅した。すなわち、

(一) 昭和四〇年五月一〇日被告は明晃設備と次の約定の手形取引契約を締結した。

(1) 明晃設備が振出、引受、参加引受、裏書もしくは保証にかかる約束手形、または為替手形であって、明晃設備がみずから借入または割引を受けたものであるとを問わず、現に被告の所有に帰し、または、将来被告の所有に帰すべきものを含んで、本約定による債務であることを承認する。明晃設備が被告から手形貸付または手形割引を受けたときは、その都度、被告に対し手形金に相当する借入金債務を負担したものとし、以後被告より手形または貸金債権のいずれによって請求されても異議ないこと。

(2) 明晃設備が被告に対する債務のうち、いずれの債務でも履行を怠った場合、または被告において債権保全のため必要と認めた場合においては、被告は、明晃設備に対し、被告の明晃設備に対する一切の債権をもって、被告の明晃設備に対する一切の債務と、右債権、債務の期限のいかんにかかわらず、手形の呈示、交付、相殺の通知を要しないで、任意に相殺をなすことができ、この場合、右債務全額を弁済するに足らないときは、弁済充当の順序方法などは被告の定めるところに従い、その不足額は被告から請求次第直ちに弁済すること、

(3) 明晃設備、またはその連帯保証人が次の各号の一に該当したときは、被告から何らの通知催告を要しないで、明晃設備は、本契約の債務の期限の利益を失い、一時に被告に対し全債務を弁済すること。

イ、被告に対する他の債務を怠ったとき。

ロ、担保の定期預金の掛込を一回でも怠ったとき。

ハ、被告に対する掛金、預金を被告の許可なく他に譲渡または質入したとき。

ニ、その他本約定に違背するなど不信用不利益と認められる行為があったとき。

(4) 明晃設備が振出、引受、裏書、または保証し、被告において割引を受けた手形が、万一不渡となり、または不渡となるおそれのあるときは、明晃設備は、その手形行為の効力のいかんにかかわらず、また償還請求の通知その他権利保全に関する法定の手続の有無を問わず、被告から請求しだい直ちに被告に手形額面に相当する金額および利息などを弁済すること。

(二) 右手形取引契約に基づき、被告は、明晃設備に対し、別紙第三目録記載の(一)ないし(十一)のとおり手形割引(以下第三の(一)ないし(十一)の割引手形という)をなしたが、第三の(一)の割引手形がその支払期日の昭和四二年九月二一日に不渡りとなったので、その翌日頃被告(貸付係長の辻本武夫が代理)は、前記(一)の(4)の約定に基づき、明晃設備に対し、口頭または電話で、右割引手形および支払期日未到来の第三の(二)ないし(十一)の割引手形についてその買戻を請求し、ついで、その後第三の(二)の割引手形がその支払期日の同年一〇月一〇日に不渡りとなったので、その翌日頃、被告(右辻本係長が代理)は、明晃設備に対し、右同一方法で、右不渡手形および他の割引手形全部の買戻しを請求した。以上の事実により、被告は、明晃設備に対し、第三の(一)ないし(十一)の割引手形金合計金一〇、三〇〇、〇〇〇円の買戻債権を取得し、これらの債権は、昭和四二年一一月一日現在すべてその期限が到来していた。

(三) しかして、明晃設備は、被告に対し、第一の(一)ないし(七)の預金債権、および第二の一ないし(五)の預金債権(以下第二の(一)ないし(五)の預金債権という)を有していた。

(四) そこで、被告(貸付係長の辻本武夫が代理)は、明晃設備に対し、口頭で、次のとおり、順次、次に記載の各自働債権をもって次に記載の各受働債権とその対当額で相殺する旨の意思表示をした。

イ、昭和四二年一一月六日相殺

(イ) 自働債権

(A) 第三の(一)の割引手形の買戻債権金一、〇〇〇、〇〇〇円

(B) 第三の(二)の割引手形の買戻債権金一、三五〇、〇〇〇円

(C) 割引料債権金二三、九一〇円(その内訳は別紙第四目録(一)記載のとおり)

(D) 預金利子税金九、二四〇円(その内訳は別紙第四目録(二)記載のとおり)

以上合計金二、三八三、一五〇円

(ロ) 受働債権

(A) 第一の(七)および第二の(三)の預金の元金債権合計金二、〇六六、三二五円

(B) 右預金の利息債権金四六、六六六円(その内訳は別紙第四目録(三)記載のとおり)

(C) 第一の(四)、(五)、および第二の(一)、(二)の預金の元金債権(ただし、第一の(四)については内金五、二一三円)

合計金二五五、二一三円

(D) 第一の(四)、(五)、第二の(一)、(二)の預金の利息債権金一四、九四六円(その内訳は別紙第四目録(四)記載のとおり)

以上合計金二、三八三、一五〇円

ロ、昭和四二年一一月一〇日相殺

(イ) 自働債権

(A) 第三の(三)の割引手形の買戻債権金一、二五〇、〇〇〇円

(B) 第三の(七)の割引手形の買戻債権金七五〇、〇〇〇円

(C) 第三の(十)の割引手形の買戻債権金八四〇、〇〇〇円

(D) 預金利子税金八〇三円(その内訳は別紙第四目録(五)記載のとおり)

(E) 右同金三、五二八円(その内訳は別紙第四目録(六)記載のとおり)

以上合計金二、八四四、三三一円

(ロ) 受働債権

(A) 第一の(一)、(二)の預金の元金債権合計金一、二〇〇、〇〇〇円

(B) 第二の(四)、(五)の預金の元金債権合計金二一二、〇〇〇円

(C) 第一の(三)の預金の元金債権金三〇〇、〇〇〇円

(D) 第一の(三)の預金の利息債権金五、三五五円(その内訳は別紙第四目録(七)記載のとおり)

(E) 第一の(六)の預金の元金債権金六〇〇、〇〇〇円

(F) 右預金の利息債権金二三、五二〇円(その内訳は別紙第四目録(七)記載のとおり)

(G) 第一の(四)の預金の残元金五〇三、四五六円

以上合計金二、八四四、三三一円

ハ、昭和四二年一二月一二日相殺

(イ) 自働債権

(A) 第三の(八)の割引手形の買戻債権の内金八八一、七〇八円

(ロ) 受働債権

(A) 戻し割引料金一五、三六一円(その内訳は別紙第四目録(八)記載のとおり)

(B) 第一の(四)の預金の残元金九三、六三七円、および別段預金七七二、七〇〇円の合計八六六、三四七円

以上総合計金八八一、七〇八円

なお、同日、明晃設備は、被告に対し、第三の(八)の割引手形の買戻債権残金六一八、二九二円および第三の(五)、(六)、(九)、(十一)の各割引手形の買戻債権合計金三、五八八、二九二円をそれぞれ弁済した。

二、右イおよびロの各相殺の際、被告は、その相殺に供した割引手形を明晃設備に返還しなかったが、前記8の(一)の(2)の特約があるため、右相殺は有効であり、その上右八の相殺の際、被告は、明晃設備に、第三の(一)、(二)、(三)、(六)、(八)、(九)、(十)、(十一)の各割引手形を返還した。そして、第三の(四)、(五)の各割引手形は、地方支払いのためその支払期日一ヶ月前に交換に廻していた関係上、右期日に支払われたので、被告は、右手形を返還できないが、この支払いを受けた金員を、明晃設備に返還し、さらに、第三の(七)の割引手形は、その支払期日に交換決済されたので、これを返還できず、被告は右手形金額金七五〇、〇〇〇円を内部的に明晃設備の別段預金に振替えて、これを受働債権(前記八、(ロ)、(B))として前記相殺に供した。

(五) 仮に、右各相殺の事実が認められないとしても、昭和四二年一二月一二日、被告(貸付係長の辻本武夫が代理)は、明晃設備に対し、(四)のイないしハの相殺をなす旨の意思表示をし、同日明晃設備は(四)のハのとおり残余の割引手形の買戻債権を弁済した。

(六) 仮に、以上の相殺がその効力を生じないとしても、被告は、原告に対し、昭和四六年九月一六日の本訴口頭弁論期日において、被告の明晃設備に対する第三の(一)ないし(十一)の各割引手形の買戻債権をもって、原告の本訴請求の譲受預金債権合計金四、〇〇〇、〇〇〇円とその対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(原告の再抗弁に対する認否)

再抗弁1および2の各事実はいずれも否認する。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫を総合すると、請求の原因1、2記載のとおり、明晃設備から岡本金商店へ、ついで、岡本金商店から原告へ、順次、預金債権およびこれに附帯の利息債権が譲渡されたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。そして、請求の原因1、2の記載のとおり、右債権譲渡の通知があったことは当事者間に争いがない。

二、そこで、被告の抗弁について、原告の再抗弁に関する判断をも交え、検討する。

1  抗弁1および再抗弁1について

≪証拠省略≫によると、抗弁1記載のとおり第一の(一)ないし(七)の各預金債権について譲渡禁止の特約がなされていたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。しかし、≪証拠省略≫によると、岡本金商店および原告は、いずれも右各譲受当時、右譲渡禁止の特約があったことを知らなかったことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はないので、被告は、右譲渡禁止の特約を善意者の岡本金商店および原告に対抗できないといわなければならない。

2  抗弁2について

抗弁2記載のとおり明晃設備が被告に対し債権譲渡を取消す旨の通知をしたことは当事者間に争いがない。ところで、被告は、右取消は岡本金商店が明晃設備を欺罔したことを理由とするものである旨主張するところ、≪証拠省略≫には右主張にそう記載があるが、≪証拠省略≫を考え合すと、右記載部分は措信できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。そうすると、右取消の通知によっては、さきになされた明晃設備の被告に対する本件預金債権譲渡通知はその効力を失わなければならない。してみれば、抗弁2の主張は理由がなく採用できない。

(一)  昭和四〇年五月一〇日被告と明晃設備が抗弁3、(一)、(2)、(4)の約定を締結したことは当事者間に争いがなく、さらに、≪証拠省略≫によると、右同日右両者間で抗弁3、(一)、(1)、(3)の約定をも締結したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。右認定等の事実によると、右同日、右両者間で、被告が明晃設備に対し割引いた手形についてはその手形の一つでも不渡になったときは被告は明晃設備に対し右手形および支払期日未到来の他の割引手形の買戻しを請求できること、被告が明晃設備に対し右割引手形の買戻請求債権を自働債権として相殺する場合においては右割引手形の呈示または交付を要しないこと、右相殺による弁済充当の順序方法は被告が任意に定めることができること、右相殺は明晃設備に対する意思表示をせずになすことができること等の手形取引契約を締結したことが認められる。ところで、右各約定のうち、右、の約定は有効であることは明らかであり、また、右の約定については、不利益をこうむる明晃設備がみずから手形の呈示または交付を要求できる抗弁権の放棄を承諾しているものであるから有効であると解するを相当とするが、右の約定は、外部的に相殺の有無が不明となるため、これによってこうむる明晃設備の不利益は大きく、その地位も不安定となり、また、明晃設備の債権者の第三者の利益を害する結果となるおそれもあるから、無効であると解するを相当とする。

(二)  しかして、明晃設備が被告に対し第一の(一)ないし(七)、第二の(一)ないし(五)の各預金債権を有していたこと、被告が明晃設備に対し第三の(一)、(二)の各割引手形の買戻債権を有し、その支払期日が昭和四二年一一月六日当時到来していたことは、いずれも当事者間に争いがなく、さらに、≪証拠省略≫を総合すると、被告は、明晃設備に対し、前記手形取引契約に基づき、第三の(一)ないし(十一)の各割引手形を別紙第三目録番号(一)ないし(十一)記載のとおり割引いていたところ、第三の(一)の割引手形がその支払期日の昭和四二年九月二一日に、第三の(二)の割引手形がその支払期日の同年一〇月一〇日にそれぞれ不渡りになったので、右各不渡日の翌日頃、被告(貸付係長の辻本武夫が代理)は、明晃設備(同会社の担当社員、および代表取締の溝手清人)に対し、それぞれ、口頭または電話でもって、第三の(一)ないし(十一)の各割引手形全部の買戻しを請求し、これによって、右当日、右割引手形全部の買戻債権を取得し、その支払期日が到来していたこと(被告が第三の(一)、(二)の各割引手形の買戻債権を取得したことは当事者間に争いがない)、被告は明晃設備に対し抗弁3、(四)記載の右割引手形の買戻債権より他の各自働債権を有し、一方、明晃設備は被告に対し抗弁3、(四)記載の前記預金債権より他の受働債権を有していたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  ところで、被告は、抗弁3、(四)、イないしハ記載のとおり被告が明晃設備に対し三回にわたって相殺する旨の意思表示をしたと主張するところ、≪証拠省略≫には、右抗弁記載のとおり自働債権および受働債権が支払決済された旨の記載があり、また、証人辻本武夫は右主張にそう供述をしている。しかし、右証人辻本の右供述部分は相当あいまいであることや、≪証拠省略≫を考え合すと、右証人辻本の右供述部分はにわかに措信できず、右書証の右記載部分だけから被告が明晃設備に対し右抗弁記載のとおり相殺の意思表示をしたことを推認することは困難であり、他に右主張事実を認めるに足る証拠はなく、右書証の記載部分によると、むしろ、被告は、明晃設備に対し、相殺の意思表示をすることなくして、内部的に、右抗弁記載のとおり相殺処理の整理をなしたにすぎないと推認するのを相当とする。しかし、かかるも相手方に対する意思表示なくして相殺できる旨の約定は前記のとおり無効であるから、右相殺処理によっては相殺の効力を生ずるに由ない。そうすると、抗弁3、(四)の主張は理由がなく、採用できない。

(四)  次に、≪証拠省略≫を総合すると、抗弁3、(五)前記事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。そして、抗弁3、(四)、二記載のとおり被告が明晃設備に第三の(一)、(二)、(三)、(六)、(八)、(九)、(十)、(十一)の各割引手形を返還したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、抗弁3、(四)、二記載のその余の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。しかし、債権がその債権者から第三者に譲渡され、その対抗要件が具備されたのちに、その債務者が右債権を受働債権として自己の右債権者に対する債権を自働債権として相殺する場合においては、右譲受人たる第三者に対し相殺の意思表示をなすべきで、もとの債権者である譲渡人に対し右相殺の意思表示をなしてもその効力を生じないと解するのを相当とする。そうすると、右認定の相殺当時、第一の(一)ないし(六)の各預金債権、同(七)の預金債権の内金一、一四七、六九四円、およびこれらに附帯の利息債権はすでに明晃設備から岡本金商店へ譲渡され、その対抗要件が具備されたことは前記認定のとおりであるから、被告が明晃設備に対しなした右認定の相殺は、右譲渡された預金および利息債権に関する部分は無効であり、これを除く部分についてのみ有効であるといわなければならない。してみれば、右認定の相殺により、抗弁3、(四)、イの相殺については、同(ロ)(A)の第一の(七)および第二の(三)の預金の元金債権(ただし、第一の(七)については譲渡されなかった残金八三四、二二六円)、同(B)の利息債権(ただし、第一の(七)の預金の右残金八三四、二二六円と第二の(三)の預金に関する分金一九、八三四円)、同(C)の第二の(一)、(二)の預金の元金債権、同(D)の第二の(一)、(二)の預金の利息債権、以上合計金一、〇四五、一〇一円と、同(イ)の(A)、(B)の各自働債権のうち、それぞれ右金一、〇四五、一〇一円を右各債権額の比率で按分した部分とが相殺によりいずれも消滅(被告において、右(イ)の(A)ないし(D)の自働債権の相殺による充当の順序方法については、右(イ)の自働債権と右(ロ)の受働債権とを対立さす以外にその指定の主張立証はないから、右充当の順序については、民法所定の法定充当の規定が適用されるものと解するのを相当とするところ、右(イ)の(A)、(B)の各自働債権はその弁済期が同日、同(C)、(D)の各自働債権の弁済期はそれよりのちであることが認められるから、まず、右(A)、(B)の各自働債権が右のとおり按分して相殺に供されて消滅し、他は相殺に供されなかったものと認められる)し、抗弁3、(四)、ロの相殺については、同(ロ)の(B)の第二の(四)、(五)の預金の元金債権金二一二、〇〇〇円と同(イ)の(A)、(B)、(C)の各自働債権のうち、それぞれ右二一二、〇〇〇円を右各債権額の比率で按分した分とが相殺によりいずれも消滅〔右認定の法定充当の結果により右のとおり消滅し、他は相殺に供されなかったことが認められ、第三の(七)の割引手形については、その支払期日の昭和四二年一一月二一日に交換決済されたため、右相殺当時は、被告は明晃設備に対し右手形の呈示交付ができなかったことは前記認定のとおりであるから、このような場合においては、手形の呈示、交付なくして相殺できる特約があっても、右手形の買戻債権をもって相殺をなしえないと解されないでもないが、前記認定のとおり被告は第三の(七)の割引手形の支払いを受けた手形金七五〇、〇〇〇円を内部的に明晃設備の被告に対する別段預金に振替えて、これを受働債権(その実質は不当利得返還債務と解する)として相殺をなし、したがって、これにより右手形金相当額を返還しているものというべきであるから、このような場合においては、手形の呈示または交付されない不利益は生じないので、右手形の呈示なくして相殺をなしうると解する〕し、抗弁3、(四)、ハの相殺については、同(イ)、(A)の自働債権の内金七八八、〇七〇円と同(ロ)の(A)戻し割引料、同(B)の別段預金とがそれぞれ相殺により消滅したが、第一の(一)ないし(七)の預金債権(ただし、同(七)については、内金一、一四七、六九四円)、およびこれに附帯の利息債権は消滅するに由ないものといわなければならない。そうすると、抗弁3、(五)の主張は理由がなく、採用できない。

(五)  最後に、抗弁3、(六)記載のとおり被告が原告に対し相殺の意思表示をしたことは本件記録上明らかである。ところで、第一の(一)ないし(七)の預金債権が明晃設備から岡本金商店へ譲渡されるより前に、被告が明晃設備に対し第三の(一)ないし(十一)の各割引手形の買戻債権、および抗弁3、(四)、イないしハ記載のその他の自働債権を取得し、その弁済期が到来していたことは前記認定のとおりであるから、被告は、原告に対し右割引手形の買戻債権(ただし、前記のおとり、第三の(五)、(六)、(九)、(十一)の各割引手形の買戻債権は、いずれも昭和四二年一二月一二日明晃設備より弁済され、また、第三の(八)の割引手形の買戻債権はその内金一、四〇六、三六三円が相殺および弁済されてそれぞれ消滅し、さらに、第三の(一)、(二)、(三)、(七)、(十)の各割引手形の買戻債権は相殺により一部消滅しているので、右消滅したものを除く残余の買戻債権合計金四、六六六、五三六円)をもって、原告の右譲受けた第一の(一)ないし(七)の預金債権合計金四、〇〇〇、〇〇〇円をその対当額で相殺することができるものといわなければならない。しかして、この場合、右相殺に供した割引手形買戻債権の各割引手形については、前記認定の手形呈示交付不要の特約があることや、右相殺が訴訟上なされたものであることを理由に、右各手形の呈示または交付を要しなく、仮にそうでないとしても、右手形の呈示または交付はもとの債権者である明晃設備に対しなすべきであると解するのを相当とするところ、前記認定のとおり、被告は明晃設備に対し右相殺に供した第三の(一)、(二)、(三)、(十)の各割引手形をすでに返還し、また、右相殺に供した第三の(四)、(七)の各割引手形については返還していないが、前記(四)に説示のとおり明晃設備において右各割引手形の呈示または交付を受けない場合の不利益は生じないので、明晃設備に対し右割引手形の呈示または交付があったと同一の事態が生じているのである。そうすると、いずれにしても、右相殺は有効であり、これにより、原告の本訴請求の第一の(一)ないし(七)の預金債権合計金四、〇〇〇、〇〇〇円はその相殺適状の時点(その各支払期日)においていずれも消滅し、したがって、右附帯の遅延損害金債権は発生するに由なく、一方右相殺に供された第三の(一)、(二)、(三)、(四)、(七)、(八)、(十)の各割引手形の買戻債権(ただし、同(四)を除くその余の買戻債権については、前記相殺により消滅した残金)合計金四、六六六、五三六円は、それぞれ右金四、〇〇〇、〇〇〇円を右各債権額の比率で按分した分だけ消滅(これは前記(四)に説示の法定充当の結果による)したことが認められる。してみれば、抗弁3、(六)は理由がある。

三、以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎末記)

<以下省略>

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